経理担当者の退職や異動が決まった際、スムーズな引き継ぎができるかどうかは企業運営に直結する重要な課題になります。経理業務は専門性が高く、日次から年次まで多岐にわたる作業があるため、引き継ぎが不十分だと業務の停滞やミスの発生につながるリスクがあるでしょう。
特に一人経理の企業では、担当者が持つ知識やノウハウが属人化しているケースも多く、後任者への引き継ぎに苦労する状況も少なくありません。
本記事では、経理の引き継ぎを成功させるために、開始前に押さえるべき準備から、確実に進めるための具体的な手順まで詳しく解説していきます。
目次
Toggle引き継ぎ開始前に押さえるべき準備
経理の引き継ぎを成功させるには、実際に引き継ぎを開始する前の準備が極めて重要になります。十分な準備期間を確保せずに引き継ぎを始めてしまうと、重要な業務が漏れたり、後任者が混乱したりするリスクが高まるでしょう。特に経理業務は月次や年次のサイクルで発生する作業も多いため、全体像を把握するには相応の時間が必要です。
ここでは、引き継ぎ開始前に行うべき準備として、タイミングの設定、業務範囲の洗い出し、キックオフミーティングの実施、属人化業務の特定、そして資料やアクセス権の整理という5つのポイントを詳しく解説していきます。
引き継ぎのタイミングを早めに設定する
経理の引き継ぎを成功させるには、できるだけ早いタイミングで引き継ぎ期間を設定することが重要になります。理想的には、担当者の退職や異動が決まった時点から最低でも2カ月から3カ月の引き継ぎ期間を確保したいところでしょう。
経理業務には月次決算や四半期決算、年末調整といった定期的なイベントがあるため、これらの作業を一通り経験させることで、後任者の理解が深まります。また、期末や期首といった繁忙期を避けて引き継ぎを開始することも重要です。
繁忙期は現任者も後任者も時間的な余裕がなく、丁寧な説明や質問対応が難しくなるため、比較的落ち着いた時期に引き継ぎを始めるのが賢明でしょう。早めに引き継ぎのタイミングを設定することで、焦らず確実に業務を伝えられる環境が整います。
業務範囲を日次・月次・年次で洗い出す
引き継ぎを始める前に、経理業務全体を日次、月次、年次といったサイクルごとに整理して洗い出すことが重要です。日次業務としては、現金出納の管理や売上計上、経費精算の処理といった毎日発生する作業があります。
月次業務では、請求書の発行や入金確認、給与計算のデータ確認、月次決算といった作業が含まれるでしょう。年次業務には、年末調整や決算業務、税務申告のサポートといった重要な作業があります。これらを一覧表にまとめることで、引き継ぎの全体像が見えやすくなり、漏れを防げます。
また、業務の頻度だけでなく、各業務にかかる時間や難易度、関係する部門や取引先なども合わせて整理しておくと、後任者が優先順位を理解しやすくなるでしょう。さらに、イレギュラーな業務やトラブル対応についても記載しておくことで、予期せぬ事態にも対応できる準備が整います。業務範囲の洗い出しは、引き継ぎの設計図となる重要なステップです。
関係者でキックオフミーティングを実施
引き継ぎをスムーズに進めるには、関係者全員が集まるキックオフミーティングを実施することが効果的です。現任者、後任者、経営層や管理職、そして他部門の関係者が参加することで、引き継ぎの目的やスケジュール、役割分担を共有できます。
特に経営層が参加することで、引き継ぎの重要性が組織全体に伝わり、協力体制が整いやすくなるでしょう。ミーティングでは、引き継ぎ期間中の業務分担や、後任者が質問できる体制、そして引き継ぎ完了の基準を明確にしておくことが大切です。
また、他部門との連携が必要な業務については、誰に何を依頼すればよいかを後任者に紹介する機会にもなります。キックオフミーティングは、関係者の認識を揃え、スムーズな引き継ぎを実現するための重要なステップになります。
属人化している業務を特定する
経理業務の中で特に注意すべきなのが、属人化している業務の特定です。属人化とは、特定の担当者しか対応方法を知らない状態を指し、引き継ぎが不十分だと後任者が対応できずに業務が滞るリスクがあります。
例えば、特定の取引先との独自のやり取りや、社内独自のシステム操作、過去の経緯を知らないと理解できない処理方法などが属人化しやすい業務でしょう。こうした業務を特定するには、現任者に日常的に行っている作業を細かくヒアリングし、マニュアル化されていない業務や口頭で伝えられてきた知識を洗い出すことが重要です。
また、過去のトラブル対応やイレギュラーな処理についても記録しておくことで、同様の事態が発生した際に対応できる準備が整います。属人化している業務を早期に特定し、文書化やマニュアル化を進めることで、引き継ぎの質が向上し、後任者の不安も軽減されるでしょう。属人化の解消は、引き継ぎ成功の鍵になります。
共有フォルダ・資料・アクセス権を整理する
引き継ぎを始める前に、共有フォルダや資料、システムのアクセス権を整理しておくことも重要な準備になります。経理業務では、請求書や契約書、決算資料といった重要な書類を扱うため、これらがどこに保管されているかを後任者が把握できる状態にしておく必要があるでしょう。
共有フォルダの構造が複雑だったり、ファイル名が統一されていなかったりすると、後任者が必要な資料を見つけられず、業務が滞る原因になります。フォルダ構造を整理し、命名規則を統一することで、後任者が直感的に資料を探せる環境を整えましょう。パスワードの共有方法や、システムの利用マニュアルも準備しておくことで、引き継ぎ開始後すぐに実務に取り組める体制が整います。
確実に進む引き継ぎ手順
引き継ぎの準備が整ったら、次は実際の引き継ぎを段階的に進めていくフェーズに入ります。経理業務は専門性が高く、一度に全てを伝えようとすると後任者が消化不良になるリスクがあるため、計画的に進めることが重要です。
ここでは、引き継ぎを確実に進めるための5つのステップを詳しく解説していきます。これらの手順を順番に進めていくことで、漏れのない引き継ぎが実現できるでしょう。
ステップ1:引き継ぎスケジュールを詳細に策定
引き継ぎの第一歩は、詳細なスケジュールを策定することです。引き継ぎ期間全体を週単位または日単位で区切り、どの時期にどの業務を教えるかを計画しましょう。初期段階では基本的な日次業務から始め、徐々に月次業務、年次業務へと難易度を上げていく流れが効果的です。
また、後任者が実際に業務を経験できるタイミングも考慮する必要があります。例えば、月次決算を教える場合は、実際の決算時期に合わせてスケジュールを組むことで、理論だけでなく実践を通じて理解を深められるでしょう。
さらに、スケジュールには余裕を持たせることも大切です。予期せぬトラブルや、後任者の理解に時間がかかる場合に備えて、バッファを設けておくことで、焦らず丁寧に引き継ぎを進められます。
ステップ2:引き継ぐべき業務を洗い出し優先順位付け
引き継ぎスケジュールを策定したら、次は具体的に引き継ぐべき業務を洗い出し、優先順位をつけていきます。経理業務は多岐にわたるため、全ての業務を同時に教えようとすると後任者が混乱する可能性があるでしょう。
優先順位をつける際の基準としては、業務の頻度、重要度、難易度を考慮することが有効です。例えば、毎日発生する現金出納や売上計上といった日次業務は、優先的に教える必要があります。一方、年に一度しか発生しない決算業務や税務申告は、後半に回しても問題ないでしょう。
また、ミスが発生した場合の影響度も重要な判断基準になります。取引先への支払いや給与計算といった、ミスが許されない業務は、十分な時間をかけて丁寧に教える必要があるでしょう。優先順位を明確にすることで、限られた期間内で効率的に引き継ぎを進められます。
ステップ3:引き継ぎマニュアル・リストを作成
引き継ぎを確実に進めるには、業務マニュアルや引き継ぎリストを作成することが欠かせません。口頭での説明だけでは、時間が経つと後任者が忘れてしまったり、細かい手順を誤解したりするリスクがあります。
マニュアルには、業務の目的、具体的な手順、使用するシステムやツール、注意点やよくあるミスといった情報を詳しく記載しましょう。特に、システムの操作方法や計算式、取引先との連絡方法といった属人化しやすい情報は、画面のスクリーンショットや具体例を交えて分かりやすく説明することが重要です。
また、引き継ぎリストには、全ての業務項目とその進捗状況を記録し、何が引き継ぎ済みで何が未完了かを可視化しましょう。チェックリスト形式にすることで、漏れを防げます。さらに、マニュアルは引き継ぎ後も後任者が参照できる資料になるため、継続的に更新できる仕組みを整えておくことが望ましいでしょう。
ステップ4:後任者と一緒に実務を行うOJTを実施
マニュアルの作成が完了したら、次は後任者と一緒に実務を行うOJTを実施します。OJTとは、実際の業務を通じて学ぶ教育手法であり、経理業務のように実践的なスキルが求められる分野では特に効果的です。最初の段階では、現任者が実際に作業を行いながら説明し、後任者はそれを観察します。
次の段階では、後任者が実際に作業を行い、現任者がそばで見守りながらアドバイスを提供する形に移行しましょう。このプロセスを繰り返すことで、後任者は徐々に自信を持って業務を遂行できるようになります。
また、OJT中は後任者が質問しやすい雰囲気を作ることも重要です。分からないことをそのままにしてしまうと、後で大きなミスにつながる可能性があるため、積極的に質問を促しましょう。
ステップ5:引き継ぎ後のフォロー&業務改善
引き継ぎが完了した後も、フォロー体制を整えておくことが重要になります。後任者が一人で業務を担当し始めた直後は、不安やトラブルが発生しやすい時期です。可能であれば、現任者が退職後も一定期間は連絡を取れる体制を整えておくと、後任者の安心感が高まるでしょう。
また、社内に経理業務に詳しい人材がいる場合は、その人をサポート役として配置することも有効です。さらに、引き継ぎを機に業務プロセス自体を見直し、改善する機会にすることも大切です。現任者が長年行ってきた方法が必ずしも最適とは限らず、非効率な作業や不要な手順が残っている可能性もあります。
後任者の視点で業務を見直すことで、新たな改善点が見つかるケースも少なくありません。引き継ぎ後のフォローと業務改善を継続することで、経理部門全体のレベルアップにつながり、将来の引き継ぎもスムーズになるでしょう。
経理引き継ぎの成功事例
経理の引き継ぎを成功させるには、実際に引き継ぎを経験した企業の事例を参考にすることが有効です。どのような課題を抱えていた企業が、どのような方法で引き継ぎを進め、どのような成果を得られたのかを知ることで、自社の引き継ぎ計画に活かせるヒントが得られるでしょう。
ここでは、一人経理の退職を機にアウトソーシングを導入した株式会社フォトラクションと、紙帳簿から会計ソフトへ移行しながら引き継ぎを実施した有限会社大髙製作所の2つの事例を紹介していきます。それぞれの企業が直面していた課題と、引き継ぎを成功させるために行った取り組みを詳しく見ていきましょう。
事例①株式会社フォトラクション|一人経理の退職を機にアウトソーシング導入
株式会社フォトラクションは、建設業界向けのSaaSを提供するスタートアップ企業です。同社では一人の経理担当者が全ての経理業務を担当していましたが、その担当者が退職することになり、引き継ぎが大きな課題となりました。
後任の採用活動を進めましたが、スタートアップ企業で経理経験者を採用するのは容易ではなく、また採用できたとしても教育に時間がかかる見込みでした。こうした課題を解決するため、同社は経理業務を外部のアウトソーシング業者に委託する決断をしました。アウトソーシング導入にあたっては、退職する経理担当者と協力して、まず全ての業務を洗い出し、マニュアル化を進めました。
導入後は、専門業者のノウハウにより業務の品質が向上し、経営陣は財務状況をリアルタイムで把握できるようになりました。また、経理業務に悩む時間が減ったことで、事業成長に集中できる環境が整ったといいます。同社の事例は、一人経理の引き継ぎ課題をアウトソーシングで解決する方法を示す好例といえるでしょう。
出典参照:一人経理の退職。ピンチヒッターにメリービズを選び、上場準備に備えるフォトラクションに迫る。|メリービズ株式会社
事例②有限会社大髙製作所|紙帳簿から会計ソフトへ移行しながら引き継ぎ実施
有限会社大髙製作所は、金属加工業を営む老舗企業です。同社では長年、紙の帳簿で経理処理を行っており、経理担当者が手作業で記帳と集計を行っていました。しかし、担当者の高齢化が進み、引き継ぎの必要性が高まっていたといいます。
後任として若手社員を配置することになりましたが、紙帳簿での経理処理を一から教えるのは非効率であり、また属人的な知識に依存する状態を続けるのは望ましくないと判断したとのことです。そこで同社は、引き継ぎを機に紙帳簿から会計ソフトへの移行を決断しました。
導入後は、月次決算のスピードが向上し、経営判断に必要な財務情報を迅速に把握できるようになったとのことです。さらに、会計ソフトのマニュアルや操作手順を整備したことで、将来的な引き継ぎもスムーズに行える基盤が整いました。同社の事例は、引き継ぎを業務改善の機会として活用する方法を示しています。
出典参照:世代交代を見据え弥生会計を導入。経理が可視化され、経営判断にも好影響|弥生株式会社
経理の引継ぎは『CLOUD BUDDY』へご相談ください
経理の引き継ぎを円滑に進めるには、専門家のサポートを受けることも有効な選択肢になります。特に一人経理の企業や、経理担当者の急な退職で困っている企業では、外部の専門家に相談することで解決策が見つかるケースも多いでしょう。
『CLOUD BUDDY』では、経理業務の引き継ぎ支援から、アウトソーシングの導入、業務プロセスの改善まで幅広くサポートしています。まずはお気軽にお問い合わせいただき、自社に最適な経理引き継ぎの方法を一緒に考えていきましょう。
まとめ|経理の引き継ぎのために体制を整えよう
経理の引き継ぎを成功させるには、十分な準備期間を確保し、計画的に進めることが重要です。引き継ぎ開始前には、業務範囲の洗い出しや属人化業務の特定、資料の整理といった準備を丁寧に行いましょう。
実際の引き継ぎでは、詳細なスケジュールを策定し、マニュアルを作成し、OJTを通じて後任者が実践的なスキルを身につけられる環境を整えることが大切です。また、引き継ぎ完了後もフォロー体制を維持し、後任者が安心して業務を遂行できるようサポートを続けることが求められます。
実際の企業事例からも分かるように、引き継ぎを業務改善の機会として活用することで、経理部門全体のレベルアップにつながります。適切な引き継ぎ体制を整えることで、経理業務の継続性を保ち、企業の安定的な運営を実現していきましょう。






